羽田美智子が病気療養?脳梗塞で激ヤセ記者会見の真相と旦那広部俊明は?


スポンサーリンク



羽田美智子といえば…… 彼女はスターのレールを歩んでいたはず  あのクーデターが……

羽田美智子さんのことは、既に多くの方々が知っている名前ではないでしょうか。ちょっとここでは、彼女について、掘り下げてみたいと思うのです。彼女は 1968年9月24日(48歳)がほ誕生日です。はっきりと言えば、芸能界の、甘い水も苦い水もさんざん知り尽くして来たはずです。

【1988年日本旅行のキャンペーンガール】

彼女は、1988年日本旅行のキャンペーンガールであり、ここから、メジャーの道を一歩一歩歩むことになりますが、それまでは、ビデオ・グラビアなどにメインとして出演しており、1988年日本旅行のキャンペーンガールの機会がなければ、そのまま廃れて、挙げ句は「脱ぐ」ということもあったかもしれません。

しかし、羽田美智子のことを見れば、すぐに、彼女は、ただのビデオ・グラビアに留まる器でもないと判断出来るはずです。彼女には、最初から、もっと大きくなるために、レールが、はじめから用意されていたという感じがありますね。

1988年日本旅行のキャンペーンガール、そして、次のレールは、映画『RAMPO』のヒロイン役ということになります。

【映画『RAMPO』のヒロイン役】

Rampo~インターナショナル・バージョン~ [VHS]

中古価格
¥2,797から
(2017/3/4 19:00時点)


彼女にとって、結局は、映画『RAMPO』のヒロイン役というのがとても大きな運命を導くことになります。それは、松竹の風雲児奥山和由との出会いです。奥山 和由氏といえば、新人監督として抜擢した北野武の『その男、凶暴につき』、竹中直人の『無能の人』も話題をさらい、松竹は、奥山氏一色になり、このまま松竹は、奥山氏に乗っ取られるの?という感じだったのです。

1998年1月19日松竹は取締役会を開き、父・融社長と、専務の和由を同日付けで解任した事を発表されました。そして、彼女は、奥山和由の下で、「チームオクヤマ」映画の常連出演者だったのですが、奥山氏の存在と同時に、彼女の存在も映画から姿を消すことになります。

彼女は間違いなく映画スターだった

彼女は、間違いなく、奥山氏にパワーがあった頃、映画スターと呼ばれる唯一の存在まで辿り着いていたのです。


スポンサーリンク




伊丹十三監督が生きておられた頃、伊丹監督が使用している女優は、宮本信子様一色であり、彼女は、伊丹監督によって、映画スターにのし上げられていたのです。しかし、伊丹監督が亡くなって、その勢いは残念ながらなくなりました。羽田美智子さんの場合も、例外ではありませんが、宮本信子様にも同じことが言えますが、監督が亡くなろうが、クーデターが起ころうが、力があれば、そのあとも求められているはずです。

彼女は、映画からはその後遠ざかるものの、『女王の教室』や『サラリーマン金太郎』などで新しい分野を確立していくことになります。

羽田美智子が病気療養と検索されている理由は?

羽田美智子が実際病気になったのかと調べるとそうではなく、ドラマで共演された白瀬茉莉さんが病気になったことで、一緒に検索されてしまったみたいですね。

だから、「脳梗塞」とか「激ヤセ記者会見」とかもキーワードでありましたけど、そういうのも他の芸能人の方との複合キーワードが合わさっちゃっただけだと思います。

なんだか、紛らわしいですね^^;

因みに旦那は広部俊明さんというカメラマンの方です。お忙しい売れっ子カメラマンで夫婦間でも別居という噂がありましたが、うまくこれからもやってってほしいですね。

ブログランキングに参加しています。お気に召して頂けたらポチッと押して頂けると、今日のあなたの運勢がよくなるかも♪


エンターテインメント ブログランキングへ

懐かしのアイドルやタレントのDVDやCD、レコードをお探しならこちら!

思わぬ掘り出し物が見つかるかもしれませんよ^^



今日もお読み頂いてありがとうございます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*