原田雅彦の現在と離婚理由は何だった?

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1998年の長野冬季オリンピックはリアルタイムでテレビを見ていました。日本は悪天候で2本目が飛べなくなる、イコール日本の4位が確定するという状況で自分がミスす太ために招いた失態を見事に取り返した精神の強さには感動しました。当時は日本中の期待を集め、いろんな種目で金メダルが獲得され大いに沸いた時でもありました。未だに当時の映像をyoutubeなどで見ると、感動がよみがえってきてしまいます。

【現在は?】

原田さんは2004年のトリノオリンピックで失格になり、次のバンクーバー大会に出場する意思を持っていましたが、年齢的な問題で引退しました。私も良く長野や山梨のスキー場で滑っていましたので”こんな寒い中でよく競技が出来、なおかついい結果が残せるものだな、精神力は半端じゃないな”と思うこともありました。今ではメグミルクのジャンプ監督として指導をしているようですが、あの精神力が生きているのでしょう。

【私がジャンプ台に立った時】

因みに、私は当時山梨に住んでいましたので、

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長野オリンピックの翌夏にジャンプ台を見に行きました。夏と言うこともあり見物人は殆どおらず、いろいろ見て回りました。ジャンプ台の一番上まで行った時にはあまりの高さにビックリしてしまい、ジャンプ競技をする選手の恐怖心はとても想像できるものでは無いと感じました。なお、私の遊びでやっているスキーとは全く別物で、私はオリンピック選手にはなれないと感じてしまいました。”

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